ビザ取得 -暴挙編-

少し間が空いてしまいました。

ビザ取得への道のり、本日は暴挙編です。
前回までに店長はイタリアの地を追われ、日本に返されてしまいました。
ところが仮入国許可証は依然取得できていません。
現地警察の指示通り、店長はこの書類の代理人申請をしている最中です。

この仮入国許可証が代理取得できた場合、
店長はそれを日本で郵送にて受け取り、
在日イタリア大使館領事部ビザセクションへビザの申請。
その後ビザが発給されればイタリアに戻ることができます。
逆に言えばビザの発給を受けるまではイタリアに戻るのは微妙なところ。

店長が日本に再度帰国したのが2004年10月。
仮入国許可証の代理人申請が受け付けられたのが2004年11月。
現地警察曰く、この書類の発給は2004年12月。
それからビザの申請ですから、
この時点でミラノ帰還は2005年の2月頃になることが予想されました。
しかしそれは非常に困ります。
宝飾小売業界の生命線である12月にミラノに滞在できないのは大問題です。

さてどうしましょうか!?

2004年12月のお話です。
散々考えた挙句に結局12月はミラノに戻ることにしました。
その後知り合いの弁護士やイタリア人に例の滞在日数の問題を問うたところ、
国際法上は問題ないのだから帰ってこい、との意見が圧倒的多数でした。

ここまで来たらどうにでもなれ・・・・・。

統一規範がないのが悪いんじゃ!

ただしイタリアへの直行便でミラノに戻るのは少々危険だそうで、
直行便で戻った場合には3つのリスクが考えられました。

リスク1
空港のパスポートコントロールで過去の滞在日数を調べられてゲームオーバー

王手編の時のように見逃される場合が殆どですが、
イミグレーションで止められて入国すら出来ずに帰国というリスクがありました。

リスク2
現地警察からパスポートの提示要求→過去の滞在日数がバレてゲームオーバー

最悪の最悪の場合拘束された上に強制送還になる可能性がありました。
実際に拘束&強制送還の最強タッグを喰らった日本人もいるとかいないとか。

リスク3
ビザ申請の際に、大使館領事部に過去の滞在日数を調べられてゲームオーバー

不法入国、不法滞在がバレなかったとしても、
帰国後、大使館にこの事実を突かれてビザがおりない可能性がありました。
これもまた王手編で書いたように、
以前イタリアの国内法を無視し、
ミラノ帰還を店長に促したのは大使館領事部でした。
ミラノから国際電話で問い合わせをした際も、問題ないとは言っていましたが、
最終的に手の平を返されてビザ取得できず!
という腹立たしくも残念な展開は十分に考えられました。

そこで!
店長が取った行動はスイスからのイタリア入国
スイスからイタリアに入国することで、
上記3点のリスクを大幅に軽減することができます。
では、スイスからイタリアに入国することが、どんな利点になるのでしょうか!?

リスク1に対しての効果

EU各国の国境警察は大概パスポートをチェックしないことが殆どです。
ですから日本から海を越えて直行便でイタリアに入国するよりも、
陸路でスイスから入国する時の方がパスポートチェックは甘くなります。
それどころか国境警察がいない場合も多々あります。
なのでスイスからであれば、入国に際しては殆ど問題がありません。

リスク2に対しての効果

現在スイスという国はEUにおいて幾分特別な位置にありまして、
スイスから各EU隣国へ、若しくは各EU隣国からスイスへ、
陸路で出入国する際にはパスポートにスタンプが押されないことが殆どです。
ミラノ滞在中、仮にイタリアで警察に身分証明書の提示を求められても、
イタリア入国のスタンプがなく、1番最近の入国日が立証されない訳ですから、
パスポート上の過去の滞在期間が不明瞭になります。

リスク3に対しての効果

上記にも書きましたが、パスポート上はイタリアに入国した記録がない訳です。
ですからイタリア入国、ミラノ滞在さえ終わってしまえば、
店長はパスポート上イタリアには滞在していなかったことになる訳で、
現地で問題が起きなければ、リスク3は完全に回避可能になる訳です。

という訳で2004年12月6日、
店長は11時成田発チューリッヒ行の飛行機で日本を後に致しました。
そしてスイス到着直後、早くも珍事件に見舞われます。
上記でも説明済みですが、
スイスからイタリアへの入国に際しては、
かなりの確率でパスポートにスタンプが押されません。
これは勿論予備知識として持っていました。
ところがなんと!
日本からスイス入国に際してもスタンプが押されませんでした!
日本出国スタンプは押されてるのに!

・・・ということはつまり、
店長さんは日本を出国してから行方不明!・・・・ですよね!?。(笑

なんなんでしょうか、スイス連邦!?
イタリア共和国に負けず劣らず不思議な国です。
むしろ日本がキッチリし過ぎているだけなのでしょうか!?
ところで・・・・・

あの時、日本で捜索願いが出されたらどうなっていたんでしょうかね!?(笑

さてそんなこんなで無事にスイスには入国を果たしました。
チューリッヒからは電車での旅になりまして、
4時間ほど掛かって、イタリアとの国境の町キアッソに到着。
そこで車で迎えに来てくれた知人と落ち合いまして、いよいよ越境です。
要するに最大の難関ですね。
ここでイタリアに入国できない可能性もありましたし、
入国が許可されたとしても、
何かの間違いでイタリア入国スタンプを押されてしまったりしたら、
スイスを経由した意味がかなり軽減してしまいます・・・・。

緊張の瞬間。

まず国境警察に車を停められまして、パスポートの提示を求められました。
ここでは、イタリアに何度も出入りしていることを国境警察に悟られない為に、
イタリア語がまったく喋れないキャラを演じなければなりませんでした。
途中何度か「従姉妹」演じる知人に困った顔を向けてみたりしました。
このコントロールの間中ずっと、
体中の毛穴という毛穴から汗が吹き出していたのを思い出します。
国境警察は、予想に反して入念にパスポートをチェック
そして一言。

『いくつか質問があるので車を脇に寄せないさい。』

た、逮捕か!?

恐らくこの時、店長の心臓は停止していたと思われます。
その後数十分の明瞭な記憶がありません。
覚えているのは知人の不可解な言い訳。

『彼は大富豪の息子で、今世界各国を周って人生勉強中なの。
イタリアでは今日だけうちに泊まって、明日スイスに戻るのよ。』

・・・・・大富豪である必要があったのかしら!?

そして数メートル先に引かれた、国境を示す白線の光景の記憶。
あの時、本当に脱北者の気分を味わった気がします。
あと数メートル。あと数メートルで分かれる自分の人生。
数メートルに泣くのか!?笑うのか!?

祈る祈る祈る祈る祈る祈る祈る・・・・・・・ひたすら祈る。

-20分後-

国境警察の皆さんは笑顔で店長をイタリアに入国させて下さいました。
入国してミラノに到着してから知りましたが、2004年12月は、
オペラの殿堂スカラ座が3年ぶりのリニューアルオープンということで、
各国要人が招待される中、テロ予告があったりで大変な厳戒態勢だった訳です。
普段は怠惰で有名な国境警察も、
この時ばかりは・・・・・ということだったようですね。

ふぅ~。兎に角無事にイタリア入国は成功致しました。
後は、イタリア出国予定日の2004年12月24日迄、
現地警察にパスポートの提示を求められたりしないようひっそりと過ごすのみ。

翌日からは息つく暇もなく激務に見舞われ、
無事入国の喜びに耽る暇もありませんでした。
そして忘れもしない2004年12月17日。
知人が代理申請してくれていた仮入国許可証を引き取りに警察出頭。
まさか警察の予告通り12月中に取得できるとは思いもよりませんでしたが、
血と涙と苦労の甲斐あって、無事に仮入国許可証を取得!
この知人が店までこの書類を持ってきてくれた時は、さすがに涙が・・・・・。
そして決死のイタリア入国、ミラノ滞在の苦労も実りまして、
この年の12月は過去に例を見ない程に売り上げも伸び、
そして迎えた最終営業日の2004年12月24日。
即座に日本へと帰国するため、
店長は再びスイスへと旅立ったのです・・・・・・・・・・・・・・・・・1人で。

そうです。
店長は聖夜に1人ぼっちでスイスに向かわねばならなかったんですね。

同情して下さい。

町は一色ですよ。
イタリアのはロマンチックですよ~!
久々に写真でもUPしてみましょうか!?こんな↓感じですね。

            

そしてこんな日に午後8時のスイス行特急電車なんかには乗客なんていません。
いる訳ありません。
電車貸切です。
大雪です。
世間一般で言うです。
しかもです。
熱心な読者の皆さんは既にお気付きかもしれませんが、
12月25日のクリスマスは店長の誕生日なんですね。
ですから24回目の生誕記念はチュリーッヒ行の電車の中で、1人で迎えました。

同情しなさい。

車掌さんには同情されました。
チケットのチェックの為見回りに来た際に話し掛けられ、
哀愁たっぷりにこんな質問を投げ掛けられました。

・どうしてこんな日に1人なのか?
・彼女はいないのか?
・チューリッヒに何をしに行くのか?
・イタリアで何をしていたのか?

・・・・・・放っといて下さい。

その後、10時を少し回った頃でしたでしょうか。
突然電車は止まり、なぜか車内は一転真っ暗に。
何事かと不安を抱く店長。
そこに先ほどの車掌が近寄ってきます。
電車でのスイス入国に際しては、
パスポートチェックがある場合とない場合があります。
まさかここまできてパスポートコントロール?逮捕?拘束?
そして鶏がごとく縮み上る店長に車掌の信じられない一言。

『電車壊れちゃったからこれ降りて次のに乗ってくれ♪』

・・・・・・・本当に勘弁してくれ。

時刻はとっくに12時を過ぎた2004年12月25日。
サンタにプレゼントを貰えなかった24歳になりたての店長さん。
無事にチューリッヒのホテルに到着。
1泊した翌日25日にチューリッヒを出発。
翌26日に任務を終えて日本に到着。

良いお年を。

はぁ~。

さて、次号。
ビザ取得の長過ぎる道のり、いよいよです。

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