危機的状況で国民性が明確になる瞬間
![]()
ということで鹿児島へ行ってきました。
九州初上陸&訪問地の最南端記録を大幅に更新です。
とりあえず思いっきり南国でしたがね。
店長が到着した10月7日午後4時の気温が30度とかですよ。
まだ蝉が鳴いてましたよ。
10月なのに蛍もご健在。
Tシャツもびしょびしょですよ。
そこかしこで今だクーラー殿がバリバリ躍動しておりましたね。
・・・・国が違う。
ってか、店長2週間前迄ミラノにいたんですよ。
あわや10度を割ろうかという気温。
先週は東京と山梨でお仕事。
20度前後の過ごしやすい天候でした。
で、今週の鹿児島は連日の30度超え。
明後日から10度を割っているかもしれないミラノに再帰還。
店長の身を案じたまえ、諸君。
で、まぁせっかく鹿児島を旅行してきたんでね、
今日は鹿児島の旅行記でも書こうかと思ってた訳です。
ところが流石は歩く事件簿の異名を持つ店長さん。
わずか5日間の滞在中にとんでもない事件に遭遇してまいました。
という訳で旅行記はざっくり。
西郷さんの自決した洞穴とか、
島津氏が尽力を注いだ武家屋敷とか、
![]()
![]()
![]()
ちょっと奮発して指宿の温泉宿なんかに行ってみました。
ちなみに指宿の温泉宿は携帯の電波も入らないような秘境宿に宿泊。
かなーりよかったですよ、これ。
リンク貼っておくのでご参照下さい。
悠離庵という全室露天風呂付の温泉宿です。
他にも知覧の特攻平和会館で戦争を学び、
鹿児島市内の黎明館で鹿児島の歴史を学んだりして、
顔に似合わず結構知的な旅をしてしましいましたね。w
はい、ということで本題。
今回の鹿児島滞在で起きた大事件について。
今回、4泊5日の鹿児島旅行のうち、
3泊は知り合いの実家にお世話になりました。
で、そこのお宅に泊めて頂いて2泊目の夜。
店長はその家の2階で仕事の電話中。
下の階では知人家族が夕食の準備をしてくれていました。
午後7時。
一連の話が終わり、携帯を置いた店長さん。
仕事の緊張感から解放され、ベットに腰を下ろしたその時でした。
隣家からぎゃーという子供の泣き叫ぶ声。
声の感じからして4、5歳の子供の声でしょうか。
夕食を作っているお母さんにでも叱られたのかと思った次の瞬間。
助けてくださぁああいっ!!
ちょ!
えぇ!
なに!?
強盗!?
慌てて声が聞こえた方角の窓を開けてみる店長。
あ、あ、あ、あ、赤い!
も、も、も、も、燃えてる!!
慌てて階段を駆け下り、ご厄介になっている知人家族にその事実を伝え、
家を飛び出して隣家のマンション2階へと駆け上りました。
猛然と階段を昇りきってみると、
幼児を抱き締めながらも腰が抜けてへたり込む女性の姿が。
一緒に階段を上がってきた知人の妹が現場に進入しようとしたので、
爆発の危険もあると判断して現場の部屋に入るのを制止し、
先にへたりこむ母親に火事の状況を聞いたところ、
油を火にかけっぱなしにしてしまった模様。
火は一応鎮火したとのことだったのでその後部屋へ侵入。
油の入った鍋に水に浸したタオルやスカートが大量にかかっていました。
火がまだくすぶっているようだったのでさらに水を掛け、
その間に知人妹にお茶を持って来て貰ってへたり込む母親に飲ませ、
良く見るとこの母親は足に結構な火傷を負っていたので、部屋に誘導。
はす向かいの家の男性がたまたま元消防署長さんで、
消火器を持って途中から助けに来てくれた訳ですが、
店長も今思えばテンぱっていたのか、
どの段階でこの男性が掛け付けてくれたのかの記憶がありません。
この男性が来てくれてからは只管彼の指示に従ってタオルを濡らし、
火傷を負った母親の患部を冷やす作業に没頭。
その後この元消防署長さんの息子さんも駆けつけてくれて、
消防車と救急車を呼んでくれました。
一折落ち着いて、誰も命に別状がないことが分ると、
最初に泣き叫んだと思われる5歳くらいの男の子が目に入りました。
手当てを受ける母親を不安そうにじーっと見ていたので、
居た堪れなくなった店長はこの子を抱きかかえて部屋の外へ。
相当ショックを受けていたのか、失語症のように何も喋りません。
とにかく只管に背中をさすって子供を落ち着かせた訳ですが、
消防車と救急車がきて、母親の手当てが終わり、
病院へと搬送されるまでの約30分間、
ずっとこの男の子を抱きかかえていたので、
翌日は筋肉痛で腕が上がらず・・・・。
もう若くねぇーんだよ。w
その後第一発見者として警察と消防の現場検証に付き合い、
火事発生から1時間後には無事に全てが終了。
店長は知人と温泉に行ってたので不在でしたが、
翌々日には火事の被害にあったこの母親も病院を退院し、
知人の家にお礼を言いに来たそうなので、何はともあれ一安心、と。
でね、こんな危機的状況で店長は1つ発見しました。
消防車と救急車が来る前に、
数名が母親の火傷の手当てに追われ、
数名が残り火の鎮火に当たっている最中、
全員が靴を脱いで現場の部屋に上がっている訳です。
考えてみれば、床にも油は飛び散っている訳で、
こんな状況ですから土足がどうとか言ってられないのに・・・・。
それに気付いて、もちろん全員に靴を履くよう促しましたが、
なんだかこの光景が微笑ましくて・・・。
不謹慎ですいません。
でも日本人ってやっぱり律儀ですね。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 危機的状況で国民性が明確になる瞬間
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.naviglio.info/mtt/mt-tb.cgi/298

コメントする