イタリア在住外国人の悲しき現状 -予習編-


昨日の事。
友人と夕食を楽しむ店長に突然呼び鈴が鳴り響きます。

アパート全体の門の脇に備えられた呼び鈴と、
店長邸の玄関脇に備えられた呼び鈴の音は違います。

昨日、前触れなく鳴り響いたのは玄関脇の呼び鈴の音。
ということは詰まり、玄関を突破できた人間であり、
その時点では住人である可能性が大。

何事かとさっそく玄関を開けてみたところ、
そこには焼きたてのパンを持つ隣人の姿がありました。

聞けば、隣家にはナポリ人の彼とサルデーニャ人の彼女が同居しており、
2人は南部特産のパンを自宅で焼くのが趣味なんだそうです。
昨日は焼き過ぎたとのことでお裾分けにわざわざ店長邸を尋ねてくれました。

激旨.jpg

で、有難く頂戴し、丁重にお礼を言って早速食べてみた訳なんですが、
これがまぁ食べたことのない、至極の旨さ!
殺伐としたイタリア生活に些かの高揚を与えてくれました。

というささやかなご近所物語。

さて先日冒頭文で少々その話題に触れましたが、
つい数日前の月曜日に滞在許可証の更新申請を無事に終えた店長です。

そこで、本日から数回に渡ってはこの悪魔の書類に関するお話しを。
本日はまず基本知識の事前学習だと思ってお読み下さい。
若干複雑ですが、頑張って付いてくるよーに!

さっそくですがイタリア在住外国人にとってこの書類はまさに悪魔の書類です。
この書類がなければ、外国人は平穏にイタリアで暮らすことができませんから、
その取得や更新においては全外国人が多大な労力を払わねばなりません。

各母国のイタリア大使館にてビザの発行さえ受けていれば、
最初の取得は比較的簡単だったりします。

ところがこれが更新となると話は別で、
更新の申請場所が中央警察であったり、地区警察であったり、
郵便局からの郵送であったりと、コロコロ変わりやがります。(殺
毎年の更新が課されている学生、2年ごとに更新の労働者も結局は同様ですが、
我々は詰まり、常に政府の動向を気にかけておかねばなりません。

昔は各県中央警察で申請、各県中央警察が発行、各県中央警察で引き取りでした。
2006年からは在住地区警察で申請、各県中央警察が発行、在住地区警察で引き取りに。

しかし政府がこの体制を敷いていた頃には、地区警察が申請書類を受理したものの、
それらを各県中央警察に送る前になくすという大失態を連発し、
この制度は僅か1年で廃止となってしまいました。(バカか!?

2007年からは郵便局で申請、ローマ中央警察が発行、各県中央警察で引き取りです。
これも考えてみればおかしな話でして、最初の監査を郵便局員が行う訳です。
内務省の仕事の一旦を郵政省が担ってるなんてバカ話がどこに・・・・。
責任の擦り合いで混乱が起きるに決まってるじゃないか・・・・。

イタリアの郵便局というのはコネ入社が甚だしいことで有名で、
自国民にすらその対応を揶揄されることがしばしば。
詰まるところ、賢く、親切な郵便局員というのは極々稀であり、
そんな輩に命と同等の書類の審査を任せねばならない我々は、
政府に迫害されていると言って過言ではないでしょう。

ただ、今も昔も申請自体は、申請書類によっぽどの不備がない限りは受理されます。
2005年までは各県の中央警察が関連する全ての業務を担っていたので、
その分今よりも若干審査が厳しかった記憶がありますが、
受理さえされれば4、5時間程度の待ち時間でそれを手にすることができました。

しかし体制が変わった2006年からは、その場で発行という訳にはいかなくなります。
受理した書類を、発行を担当する警察に送らなければなりませんから、
発行までには最短でも2ヶ月、最長の場合は1年以上の時間を要することとなった訳です。

ですから毎年更新を義務付けられている留学生は、
ようやく発行されたと思ったら既に期限が切れていたりする惨事に見舞われます。
信じ難い話しかとは思いますが、実際に店長の友人でこの事態に陥った友人が数名。

店長がイタリアに移住したのは2004年4月25日のことでした。
ここから10ヶ月間はビザの取得に異常なまでの苦労を強いられました。
その辺詳しくお読みになりたい方はこちらから。

苦労の果てにようやくビザを取得したのが2005年の2月初旬。
そのビザを持ってイタリアに戻ったのが2005年2月22日。
現地にて最初の滞在許可証を手にしたのが2005年2月25日のことでした。

最初に許可証を取得した頃は関連する全ての業務をミラノ中央警察を請け負っており、
申請から受理、発行までを待ち時間5時間ほどで終えることができました。
日本人からすると5時間という時間はおおよそ待ち時間としては相応しくない単位ですが、
今考えればあの頃はパラダイスだったと思ってしまう自分が怖いことこの上なし。

ともあれ。
最初の更新は労働目的の滞在許可証でも1年後となりますので、
2006年の2月には第1回目の更新申請を行いました。

2006年ということは先ほども説明しました通り、
在住地区警察で申請、各県中央警察が発行、在住地区警察で引き取りです。
当然地区警察はこの業務を急に割り振られた形ですから、
不備も多く、逆に言えば付け入る隙がありました。

ここでの更新申請をギリギリで、しかし無事に成功させ、
その2年後となった本年、また新たに2年の更新申請となった訳です。

これまた先に記しました通り、
2007年からは郵便局で申請、ローマ中央警察が発行、各県中央警察で引き取りです。
ですから冒頭で書いた『許可証の更新申請を無事に終えた』というのは、
郵便局での最初の申請書類監査をパスしたということであり、
惨事が起こっていなければ今頃はローマの中央警察に到着していることでしょう。
惨事が起こっていなければ・・・・。

今後はローマ中央警察署で店長の申請がさらなる監査に掛けられ、
問題がなければ発行、そしてミラノ中央警察へ発送。
ミラノ中央警察から発行の通知が来て、ようやく引き取り、となるはずですが、
これに要する時間は今のところ全くの不明です。
早い段階で店長が更新された許可証を取得できることを祈りましょう。
祈って下さい。

滞在許可証における今のところの概略は以上です。
次回、最初の更新にまつわるドタバタ劇場をお送りしようと思います。
つまり、2006年2月のお話ですね。
今日の日記を熟読、理解の上、次回に備えて頂ければこれ幸いです。

ではでは。
本日これにて失敬。

「イタリア在住外国人の悲しき現状 -予習編-」への3件のフィードバック

  1. なかなか海外駐留というのは大変ですね。
    今日の新聞で、イタリアに右派政権発足と。
    制度のややこしさだけじゃなく、ビザの取り難さも増してしまうようなことにならないといいですね。

  2. >はっちぃ様
    北部連合という組織のあるじじぃが、
    政府の移民問題の担当になっておりまして、
    このクソじじぃが外国人排斥主義なんですよ。
    まぁそれでも日本人はスイス人はかなり優遇されている方で、
    中国人やアフリカ系の迫害っぷりたらそりゃまぁ酷いもんです。
    どれだけ逆境に立たされても人道に外れたことをしてこなかった先人に拍手です。
    我々もそうあるべく、日本人でありたいと思います。

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