ど、どうもご無沙汰しております。 <(_ _)>ペコリ
2ヶ月もの間放置してしまって大変申し訳ありません。<(_ _)>ペコリ
熱心な読者の皆様には多大なるご無礼を働いてしまいました。<(_ _)>ペコリ
重ね重ね、死んで 謹んでお詫び申し上げます。<(_ _)>ペコリ
といった訳でミラノでジュエリー屋なんかを営んでおります、店長です。
み、皆さん・・・・・覚えてらっしゃいますかね!?(滝汗
前触れなくブログの更新が滞りましたので、
この2ヶ月間各方面から安否確認のご連絡などを頂戴致しまして、
改めて店長日記が愛されていることを実感した次第でありますが、
そんな店長日記をなぜこんなにも長い間放置したのか。
下々の者達 皆様におかれましても気になるところかと存じますが、
察しの良い皆様のことですからあらかた予想はしていらっしゃるかと思います。
そうです。
事件です。
というか大事件です。
ただでは転ばぬ店長がけちょんけちょんに苛められました。
またしても移り気なイタリア政府にしてやられました。
今日は勿論その大事件についてです。
ではさっそく。
時は2008年7月7日まで遡ります。
織姫ちゃんと彦星君の念願の再会をよそに、
我が柳澤ジュエリーには招かざるお客の来襲がありました。
ふり~ず!
ぷっちゅあ~へ~んずあっっぷ!
またか、と。
以前にも日記にしたことがありますが、
マルサや警察の査察ってのは毎回こんな感じでして、
なんだか知らないけど血相変えて不機嫌に入店してくるんです。
で、今回の査察内容は、
市役所発行の営業許可証と警察発行の営業許可証。
これがないと当然営業してはいけませんし、
店舗でこの書類を保管していないことも違法なんだとか。
まぁそんなもんはどっか探しゃ出てくるじゃろう、と。
店舗設立の際に取得してない訳ないやんけ、と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・見当たらないよ、ママン(つ∀-;)
という訳であっさり営業停止処分です。
この査察があったのが月曜日の午後一だったんですが、
再度良く探して、結局あったのかなかったのか、
水曜日に警察に出頭して報告せよ、とのことでした。
尚、査察官が帰った後であっても、
許可証が見つかりさえすれば直ぐに営業を再開して良い、とのこと。
そんな訳で査察官が帰った後は蜂の巣をつついたような大騒ぎです。
従業員には書類という書類に目を通させ、
その間に店長はまず税理士に電話を掛けました。
イタリアでは会社の重要書類は全て顧問税理士が保管しています。
原版が店舗での保管義務の場合でも必ずコピーは持っているはずです。
そんなことで税理士事務所も大騒ぎ。
彼らが保管している弊社関連の書類を全部ひっくり返してくれました。
結果、税理士事務所では市役所発行の許可証のコピーと、
警察発行の許可証のオリジナルが見つかりました。
店舗では市役所発行の許可証のオリジナルは見つかったものの、
警察発行の許可証はコピーすら見つかりませんでした。
ともあれ、両許可証存在は確認できた訳です。
しかしながらまた別の問題が1つ浮上。
両書類の申請者の名前が店長の前任の責任者になっております。
この前任責任者の名前は既に会社登記簿から外れており、
それがどういう結果を引き起こすかが分からないので、
やはり水曜までは営業を差し控えた方が良い、との税理士見解。
不安と恐怖の浸食にどうにか丸1日耐えた翌々日の水曜日。
税理士を連れ添って指示された警察へ出頭した訳なんですが、
申請書類の名義が違っても営業をして良いとの回答。
この回答に異常凍結していた心が弛緩したのを良く覚えています。
しかしながら名義の書き換えはやはり必須とのことで、
別の警察に行ってその書き換え申請をするよう命じられました。
さて、弊社税理士事務所の秘書さん、54歳、既婚。
イタリア人らしからぬその迅速な仕事ぶりに、
クライアント各社は常日頃から絶大な信頼を寄せております。
そして今回もその優秀さは健在。
なんと予めそこまでの展開を読み、
名義書き換えに必要な書類を準備し、記入し、
店長に帯同してくれた税理士に持たせてくれてあったのです。
しかも市役所に対する許可証の名義の書き換え手続きは完了しており、
こちはら10日ほどでできあがるとのことでした。
もう、マジ結婚してほしい。(笑
という訳で意気揚々と指定の警察署へ。
しかしながらここで・・・・急転直下、店長ジュエリーは窮地に立たされます。
税:警察発行の営業許可証の名義書き換えをしたいのですが・・・。
担:あーはいはい。では新責任者の身分証明書と現状の営業許可証を。
店:これとこれです。
担:ん!?
税:何か問題が?
担:この書類ねぇ・・・・・営業許可証ではありませんよ。
税:どういうことでしょう?
担:これは許可証の申請書類であって、許可証そのものじゃありません。
税:えぇ!?・・・・・ということは!?
担:今から新しく営業許可証を申請しなければなりませんね。
税:どれくらい時間がかかりますか!?
担:10日から80日かな。
店:(曖昧!!)・・・・・・・そ、その間、店の営業は!?
担:残念だけどその間は営業できません。
店:ええええええええええええええ!!そ、そんなぁ・・・・。
担:許可証の申請は今受け付けます。
税:許可証ができあがったら連絡を頂けますか?
担:それはできません。何度も足を運んで貰うしかありません。
店:(なんじゃそりゃ!火ぃ付けんぞ、このヤロー!)
担:80日を過ぎても許可証が出来上がらなかったら、書留で警察に抗議して下さい。
税:80日が過ぎて、抗議文を書留で送りさえすれば営業は再開できると?
担:そうですね。貴社前任の責任者はその抗議を怠ったようですね。
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これが7月9日の出来事。
そろそろイタリア共和国全体がバカンスモードに切り替わる頃のお話です。
詰まり、7月中にこの許可証が出来上がるということはないだろう、と。
でも万が一出来上がった時のことを考えると身動きも取れない、と。
この時の、警察から引き上げる時の胸の痛みといったらそれはもう・・・・・。
切ないというか、ムカつくというか、虚しいというかなんと言うか・・・・。
ちょっと補足しておきます。
大体なんでこんなアホな事態に巻き込まれたのか。
前任の責任者がいなくなり、店長が今のポジションに就いたのが2004年。
実は前任責任者を更迭する際に一悶着ありましてね、
一応この書類の件に関して弁護士に相談したことがあったんです。
前任責任者が、この書類の名義が自分になっていることを懸念している、と。
直ちに名義の書き換えをすべきと思うがいかがなものか!?と。
その際の弁護士の回答。
法的に2003年にこの書類の携帯義務化は解除されている。
よってこの名義の書き換えをする必要はない・・・・と。
さて、では責任の所在はどこにあるのでしょうか!?
1.申請期間の80日を過ぎても抗議をしなかった前任の責任者が悪いという意見。
2.申請書類が許可証に変換されていないことを知りながら、
その事実を忘れて申請書類を保管していた前任顧問税理士が悪いという意見。
3.引継ぎの際に全ての書類に目を通していながら、
申請書類が許可証に切り替わっていない事実を見抜けなかった現税理士が悪いという意見。
4.営業に対して、この許可証の携帯が再び義務化された時点で、
その事実を弊社に知らせなかった顧問弁護士が悪いという意見。
5.コロコロ法律を変更するイタリア共和国が悪いという意見。
6.なんだかんだで情報を後逸した現在の経営トップである店長が悪いという意見。
色々あります。
しかし今となってはそんなことはどうでも良い。
無碍に2ヶ月も営業を停止させられた無念はどうであれ晴れません。
7月の1ヶ月、店長はもう廃人と化しておりました。
いつ出来るか分からない書類をどこにも行けずにただただ待つ生活です。
従来通り8月は約1ヶ月の夏季休暇を予定しておりましたので、
7月に完成することは100%ないと断言されていれば、
まだ日本に帰るなりなんなりできた訳ですがそれも叶わず・・・・。
うちの愛犬なんかも何でこの人ずっと家にいるんだろう?と、キョトンですよ。
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そしてね、なんで政府がまたこの書類の義務化に転じたのか。
今回の査察は勿論弊社に対してのみの査察ではなくて、ミラノ中で行われたんです。
一旦は無効化された許可証の査察ですからね、そりゃかなりの会社がひっかかったようです。
実際店長ジュエリー付近のお店も相当数閉まっておりました。
その理由がこれ。
今回申請に際しては収入印紙を2枚買わねばなりませんでした。
14.62ユーロの収入印紙を2枚です。
これは名義の書き換えにも、新規申請にも必要です。
政府の狙いは要するにそこなんです。
合計29.24ユーロ×数千社の収入印紙代が欲しかった訳です。
この国はそうやって、事あるごとに収入印紙での臨時収入を得ようとする体質なんです。
はぁ~。
ともあれ。
この許可証なんですが、今朝方無事に取得して参りまして、
本日9月6日土曜より、無事に営業を再開することができました。
9月1日には取得できるだろうと踏んでミラノ帰還を1週間早めたのに、
結局今日までずれ込んだことにも腹が立ちますし、
2ヶ月間の無収入は余りに痛すぎますが、まぁ何にせよ良かった。
この2ヶ月間、この話を吐露した人からは、
まぁ人生の夏休みだと思って!とか、
最近疲れてたから神様が休みをくれたんだよ!とか、
ゆっくり静養して英気を養う期間だと思って!とか、
色んな慰めのお言葉を頂戴致しました。
しかしながら当の本人である私は、どうしてもそうは思えなかった。
2004年にこの国に移住し、最初の1年はビザの取得に四苦八苦しました。
その間、単身イタリアに渡った行動力を周囲に賞賛されたりもしました。
2005年から落ち着いて経営再建に取り組み、
2006年の年末までには赤字をひっくり返した訳ですが、
その際にも、良くやっていると多くの人に褒められたのを思い出します。
しかし昨年から今年に掛けて、最大限の努力をしていたかと問われると、
正直Yesと声を大にして答えられない自分がおります。
2004年から2006年の3年間は、
激流に飲み込まれて一生懸命泳がざるを得なかった。
それが2007年辺りから惰性に変わっていたような気がするのです。
ですから、今回の件はそんな自分への天罰だったと思うようにします。
そう考えるのが自分自身1番しっくりくるので、
今回のことは一から十まで全部ひっくるめて自分の非としよう・・・と。
なんであれ、この国に来ると決めたのは自分であり、
また、100%で物事に相対さないのは美学に反しますから、
明日からまたふんどしをぎゅうぎゅうに締めて精進する次第です。
・・・・・・なんだかこの夏の大事件から決意表明になってしまいました。ww
という訳で今日からまた店長日記も再開です。
これまでと変わらぬご愛好を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
長時間に渡るご拝読を賜りまして、ありがとうございました。
2008年9月6日 店長




こんにちは!初めまして。
いつも楽しみに読ませて頂いております。
再開おめでとうございます。
店舗もブログも。
他国でのご健闘ぶりを拝見しておりますと
自分の店長業務など
まだまだだなあ、と思います。
どうぞお体に気を付けて
さらに
ご繁昌なさいますように。
追記:さらに
面白いブログ(ネタ)も楽しみにしております。
>うきうき屋のくぼた様
いつもご愛好ありがとうございます。
そう大層なことをしている自負はないんですが、
まぁ何であれまた一生懸命頑張っていこうと思います。
ちょっと最近たるんでいた気がしないではないので・・・・。
お互いに店長業務、全うしましょうね!!ww