真珠のすべて(言い過ぎ)

さて、3月も終盤です。
最近は連日弊社の販売サイト稼動に向けた準備を進めています。
バッグの販売サイトを近々オープンすることは前々から綴っておりますが、
実は以前に私が発案したアクリル商材もネットで販売することになりまして、
この1ヶ月ほどはそのサイトで使用するための原稿執筆に従事しております。
あ、ちなみにそのアクリル商材の紹介記事はこちら。

和柄で勝負!?(2006年09月26日UP)

で、このサイトの中に盛り込むコンテンツのうち、
パールの話を詳しく展開するコーナーがあってもいいじゃないか、と。

そこで連日本社に電話で問い合わせたり、
ネットでパールのことを色々と調べたりして、
かなり詳細な記事を書き終えましたので、
たまにはイタリアミラノジュエリー店長日記らしく、
このブログでもジュエリーの詳しい話があってもいいかな、と。

ではさっそく。

パールとは!?

天然パールは、何らかの形で貝の体内に入った異物に、
貝の内分泌物の1つである炭酸カルシウムの結晶と、
コンキオリンというタンパク質の一種が交互積層により形成されます。
パール独特の光沢は、このコンキオリンの色素の集積に由来し、
養殖のパールも同じく、この自然の摂理を応用して生産されます。

パールが歴史上最初に発見されたとされるのは5000年以上も前のこと。
ペルシャ湾や紅海で採取された貝の中から発見されたと言われています。

天然での産出が非常に稀であり、
人魚の涙月のしずくなどと呼ばれるほど美しい光沢に富むパールは、
あの古代エジプト時代最後の女王であったクレオパトラの寵愛をも受け、
彼女が身に纏ったイヤリングには当時世界最大の真珠が使われたという伝説があります。

この他にも『ジュリアス・シーザーの気を引くためにパールのピアスが使用された』、
『その美貌を保つために、酢に溶かして毎日パールを飲んでいた』など、
クレオパトラとパールに纏わるエピソードには事欠きません。

中でも、『古代ローマ帝国に対し、エジプト王朝の財力を見せ付けるべく、
将軍アントニウスの目の前でパールを酢に溶かして飲んだ』という逸話からも分かるように、
古の時代から、パールは非常に貴重な宝石として重宝されてきました。
又、その希少性から、薬としても効能も期待されてきたパールの価値は当時、
1粒で10国以上の領地を買収できるほどのものだったとも言われています。

日本におけるパールの歴史

我が国においては、日本書紀や古事記、万葉集などにその記述が見られるばかりか、
魏志倭人伝においても既にパールへの言及があり、
邪馬台国の女王であった卑弥呼の親戚にして、その跡を継いだ台与が、
隣国の魏に白珠(パール)5000粒を送ったことが記されています。

このことから、日本でも、パールが古より愛されていたことが垣間見えますが、
今から遡ること約100年前には、三重県で世界を揺るがす大事件が発生しました。

現在では真珠王と呼ばれ、ミキモトの創業者としても有名な御木本幸吉氏が、
1905年(明治38年)、世界で初めて真円真珠の養殖に成功したのです。

真円真珠の養殖は人類700年来の夢でした。
最も早くにパールの養殖に着手したのは13世紀の中国だと言われており、
18世紀のヨーロッパでもパール養殖の研究は盛んに行われていたといいます。
スウェーデンやドイツ、フランスなどでは特に熱心な研究が進められてきましたが、
結局、最初の養殖から御木本幸吉氏の養殖技術が誕生するまでの700年間、
誰一人として安定的なパールの養殖に辿り着いた人間はいませんでした。

養殖パールの危機

世の中にその名が知られる機会は少ないかもしれませんが、
御木本幸吉氏以外にも本当にたくさんの日本人が尽力し、
その後も、日本のパール養殖技術は着々と確立されてゆきました。

1920年前後からは世界中に輸出され始め、
各地で目玉商品として話題を独占することとなりました。
そんな中、日本の養殖パールはパールと称するに値しない、
つまりは詐欺であると断定する騒動から、欧州ではなんと訴訟に発展。
日本側はこれに対し、イギリスオクフォード大学のジェームソン教授、
フランスボルドー大学のブータン教授などの権威者を味方として対抗します。

後に、ロンドンの宝石商達は訴訟を取り下げましたが、
パリの宝石商達は頑として養殖パールを『本物』とは認めず、
1924年5月24日にはパリ真珠裁判として法廷闘争にまで発展し、
その審議は法廷に問われることとなったのです。
幸いにも日本側はこの裁判に全面勝訴し、
天然パールと養殖パールには全く違いがないことが立証されました。

こうして、日本の養殖パールはジュエリーとしての確固たる地位を確立し、
日本の養殖技術はその後、世界中に伝えられることとなるのです。

現在世界では、タヒチ、オーストラリア、インドネシア、フィリピン、ミャンマー、
中国、フィジー、ニューカレドニア等で真珠の養殖が行われていますが、
その全てで、日本で確立された養殖技術が応用されています。

日本パールの養殖

現在日本では三重県や愛媛県、長崎県がパールの産地とされています。
各養殖場では、生後3~4年の阿古屋(アコヤ)貝に核入れが行われ、
20日から1ヶ月ほど水槽で浮遊飼育させた後、
4月から5月の間に自然の海に出されることになります。
この間、貝の体内では、ゆっくりと真珠層が核を積層してゆき、
その後、パールの成長具合に応じて浜揚げ(収穫)される訳です。

外海に出されてから浜揚げされるまでの間、
貝の表面に付着する泥や微生物は頻繁に取り除かれねばならず、
又、台風や赤潮などの過酷な自然環境をも乗り越えなければなりません。

ようやく浜揚げに至ったとしても、全ての貝から真珠が出てくる訳ではなく、
母体である阿古屋貝が死んでしまっていることもありますし、
商品としては価値のないパールも相当数出てきてしまいます。

浜上げされた中で、商品として使用可能なパールはその後、
しみ抜き、調色、研磨といった作業工程を経て出荷される訳ですが、
商品として出荷できるパールは、全収穫高の僅か10%程度にしかなりません。

皆さんが手にする真珠も、偉大な先人達の知恵の末、
奇跡的な確率で収穫された貴重な自然の産物なのです。

世界の真珠(おまけ)

・日本真珠
 主要原産国:日本(三重、愛媛、長崎等)
 母体:阿古屋貝
 世界で初めて人口養殖されたパールとして有名。
 波と水温が安定していることが養殖の条件であるため、
 三重県英虞湾、愛媛県宇和海、長崎県対馬海域など、
 西日本のリアス式海岸で養殖されることがほとんど。
 日本における阿古屋貝生息域は房総半島以南。
 通産省管轄下にある他のジュエリーとは違い、
 日本真珠は農林水産省の管轄下に置かれ、
 日本を代表する物産品として別格視されている。
 6月の誕生石で、石言葉は『富』と『健康』。
 
・淡水真珠
 主要原産国:中国
 母体:池蝶貝、三角貝
 年間収穫高は1500tでパール全種の中で最大。
 核ではなく細胞に真珠層が積層するため形は様々で、
 色もホワイト、パープル、オレンジ、ピンクと多種存在。
 読んで字の如く、湖や川で養殖される。

・南洋真珠
 主要原産国:オーストラリア、インドネシア、フィリピン、ミャンマー等
 母体:白蝶貝
 10mm~15mmの真珠が産出され、その大きさはパール全種の中で最大。
 オーストラリア産は、光沢のある白色や銀色がかった色が特徴。
 インドネシア産、フィリピン産は金色、もしくは黄色などの暖色。
 水深20cm~70cmの、波が穏やかで、
 潮が適度に入れ替わる湾や海峡で養殖されることが多い。

・黒真珠
 主要原産国:タヒチ
 母体:黒蝶貝
 90%がタヒチで生産されるが、
 フィジー、クック諸島、ニューカレド二アでも生産が見られる。
 ピーコックと呼ばれる赤みがかった黒緑色が最良とされる。
 水温24度~29度を適温とし、20度以下になると貝の活力が低下。
 15度以下になると生存が困難になり、10度以下で完全に死滅してしまう。
 塩分濃度に敏感な為、低塩分濃度を極度に嫌い、透明度の高い海を好む。
 サンゴ礁に足糸を固着して生息。

・マベ真珠
 主要原産国:香港、台湾、インドネシア、日本(奄美大島)
 母体:マベ貝
 嘗て、真円の核入れをして真円の真珠を作ることが難しかったため、
 妥協案として半円の核を挿入し、半円形の真珠を収穫した。
 近年は養殖技術の向上もあり、少量ではあるが球形も産出。

・コンク真珠
 主要原産国:西インド諸島カリブ海
 母体:ピンク貝
 パールの母体となるピンク貝は巻貝。
 色がピンクで、火焔模様が見られるのが特徴。
 巻貝に人工的な核入れをすることは不可能であり、
 世に存在するコンク真珠は全て天然物。
 現地では貴重なタンパク源として食用される。

・その他
 ハマグリ、シジミ、アサリなども真珠層を持つため、
 非常に稀ではあるが真珠を産出することがある。

これで今日からあなたも真珠夫人。(爆

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