イタリアで五輪を観るリターンズ

忙しいです、はい。
連日残業しても仕事が終わりません。

現在閉業時間を終えた8時ですが、
ブログ執筆後に税理士へのメールを作成しなければなりません。

通常営業に加えて、
現在当局に提出義務のある棚卸し表を制作しています。

GIUBILARE MILANOとして展開中のバッグの裏地に、
どうにか弊社オリジナルのお洒落生地を使用できないかという、
チラ見せ胸キュンバッグ計画も結構佳境に差し掛かってきました。

長いこと計画してきた弊社のジュエリーカタログも完成間近です。

親友が結婚の運びとなり、婚約指輪の発注を頂いています。

別の盟友の弟が結婚の運びとなり、こちらかも婚約指輪を・・・。

妻がミラノにやって来る為の書類諸々も揃えないと・・・・。

税理士事務所から決済報告も受けないと・・・。

明日から後輩がミラノにやって来るのにスリッパがねぇ・・・。

あ、コーヒーと紅茶切らしてたっけ。

あ、ハチミツもねぇ。

テレビもねぇ。

ラジオもねぇ。

車もそれほど走ってねぇ。

ということで忙しいんです。
そして私は紅茶にはハチミツ派です。
ちなみに俺ら東京さ行ぐだのレコードは宝物です。

忙しいを連呼するのって仕事できないみたいで嫌なんですが、
現在のわたしの惨状を他に形容できる単語が分かりません。

だからわたしは忙しいのです。

ですから今日のブログに読み覚えのある方。
その広き御心でわたくしの不精をお許し下さい。

 

では本題。
今日はバンクーバーオリンピック開幕直前SPということで、
4年前、トリノで行われたトリノ五輪の回想日記です。

このブログを始めた当初、2006年7月13日にUPした内容ですが、
さすがにそのままではあれなんで多少加筆致しました。

最近の読者様におかれましてはご存知ない方も多いかと思います。
素晴らしきスキー狂であられる店長の当時のテンションを思い、または想い、
わたしのオリンピック狂想曲をご拝読下さい。
荒川静香の金メダル1つに終わったトリノ五輪ですが、
あたしは男子アルペンスキーのスラロームを観戦しに行って参りました。

わたくしは2歳か3歳でスキーを始め、
その後も毎年飽きることなくスキー場に通い、
大学時代の思い出に至っては8割5分をスキーの思い出が占めます。

スキーのことを考えるとニヤニヤします。
雪が降ると三十路前なのにヨッシャって小声で言います。
猟奇的な彼氏です。

読者諸賢におかれましてはその辺を念頭に置きつつ、
熱くなり過ぎた感の否めないわたしを思い、または想い、
甥っ子や姪っ子の戯言を聞く感じで読んで頂ければ幸いです。

はい。
では、まずチケット獲得までの流れをざっくりと。

2005年4月22日

EU在住者向けにネットで専攻販売されたチケットの購入手続きを完了。
辞書を片手に、額に汗しながら全表記イタリア語のサイトと格闘すること3時間。
どうにかこうにかチケット購入までたどり着いてから気が付きました。

英語に変換できるじゃん、このサイト。

良く考えればそれくらいの機能は当然なんですが、
もうオリンピックにテンション上がってしまってますから、
サイト、訳しまっせー!みたいなテンションですからね・・・。

自分を見失うことって、あるやん?

2005年4月23日

購入の翌日ですね。
無事にチケット購入手続き完了の確認メールを受領しました。
手続き完了の確認メールくらい速攻で送ってこいっちゅねーねん!と。

完了されてないのかと思って事務局に放火するところでした。ヽ(A`*)ノ≡

2005年9月27日

購入から約5ヵ月後のことでした。
五輪運営事務局より1通の書留が届きました。
そしてそこには驚愕の連絡事項が書かれておりました。

ななななんと、トリノオリンピック・・・・。

運営事務局員による全チケット手渡し配達!!

イタリアの郵便局の皆さんってね、
たま~に内容物パクっちゃう時あるんですよね。(爆笑

それらがネット上に流されて大混乱という展開は目に見えてましたし、
国家の威信を掛けた五輪でそんな恥は晒せませんからね。
まぁ失うような威信が元々あったか否かは別として。w

しかしこれは五輪のチケット販売の歴史上、前代未聞でしょう。
まぁ先進国で頻繁に郵便がパクられることが前代未聞とかは別として。w

2006年1月16日

さらに4ヶ月が経ち、2006年になりました。
登録したわたくしの携帯に運営事務局より電話があり、
翌日に運営事務局員がチケットを配送するとの連絡がありました。

ま、早くて1週間後だろうな。(ペッ!

2006年1月17日

運営事務局員が予定通り店長を訪問!!
身分証明書のコピーと引き換えにチケットを配達。

や、やればできるやなかい・・・。(汗

どうせ一悶着あるだろうと踏んでいたので意外でした。
どうせチケットが手元に届くのは早くて1週間、
ともすれば本番直前とかもあり得るだろうと踏んでいただけに、
予定通りのこの配達はかなり心外意外でした。

と、そんな流れで手にしたチケットがこれです↓

奪取の瞬間はもうあれです、断食後のカルビです。
人生で最も興奮した瞬間の1つだったと思います。

安い。

2005年2月25日

さて、本番当日です。
まず朝から腰を抜かすほど驚嘆だったのは、
トリノ行きの電車が時間通りに発車したんです!

イタリアが本気だ。

その後順調に電車は進み、
トリノの1つ先の駅オウルックスに到着。
到着時間はなんと定刻の11時半!
イタリアが本気だ。

というか普段からもう少し頑張って下さい。(切実

オウルックスの駅からは、
五輪専用のシャトルバスに乗って会場の山へ。

そして遂に!

店長が鼻垂れ小僧の頃から憧れだった場所、セストリエールに到着!
これ、大袈裟にとか、ブログ用にとかで書く訳じゃないんですが、
セストリエール着いた時、ほんとに涙出ちゃってね・・・・。

その後2時前には会場入り。
度重なる荷物検査とボディーチェックを終え、
無事に指定座席を見つけて一安心。

それから会場で買ったかなり大きめの日本国旗を首に巻き、
国粋主義者よろしくスコットランド人やカナダ人と談笑。

たまたま隣に座っていたイタリア人とも本日の優勝予想などで盛り上がり、
たまたま後ろの列を陣取っていた北照高校の応援団とも喋らせて頂きました。
                           ※佐々木、皆川、両選手の母校

そうこうしているうちに午後3時になりまして、いよいよ競技開始です!
ここからはいよいよマニアックな話になりますがご了承下さい。

まずは1番スタート、イタリアの星ジョルジョ・ロッカ。
地元イタリアの大歓声の中、勢い良くスタートを切って最初の急斜面。
こけちゃいました。(引用:マラソン谷口←ソースが古い
トリノは冬季五輪にしては気温が高く、雪が柔らかい様子。
しかも前日には結構な量の雪が降った影響から、、
固い下地が顔を出さない1番スタートのロッカには不利でした。
ロッカ転倒時には思わず店長もイタリア人と一緒に絶叫。

マンマ!

ちなみにこの日のイタリア選手団は呪われていて、
結局出場した4選手全員が転倒。

それから同じくシングルゼッケンの優勝候補、
オーストリアのスーパーエース、ベンジャミン・ライヒ。
数日前に行われた大回転競技で優勝しています。
ちなみにこの人年収10億円くらいです。w

1本目は多少荒々しい滑りでしたが見事にラップ。
2本目は誰がどう見ても完璧過ぎる滑りで2冠を達成。

おめでとうございます。

さらに唯一フィンランドから優勝に絡みそうだったカーレ・パランダー。
多分身長2mくらいあるんで、スキーしてんのに雪男にしか見えません。

圧倒的な長身を生かして1本目はなんとライヒに0.01秒差。
2本目はラップを奪い取ったかに見えましたが、残念ながら片反。

                          *片足旗門不通過反則)

心底悔しがってストックを叩き付けてました。
追い詰められた雪男の最後の逆襲じゃありません。w

10番スタートは我が日本のエース佐々木明。
レース後のインタビューで視界が悪かったと答えたそうですが、
彼の持ち味であるリスキーで攻撃的な滑りが出ていませんでした。

1本目攻めきれず、ライヒに遅れることちょうど1秒で13位。
2本目は3旗門目で片反。

ぶっちゃけ優勝もあると踏んでたんであたしゃ呆然。
ちなみに山本KIDのお姉ちゃんの山本美憂の旦那です。(どうでもいい

11番スタートはMr.ストイック、皆川賢太郎!
1本目やってくれました!
なんとトップのライヒに遅れること僅か0.07秒差の3位!
佐々木明の直後で日本応援団ががっかりする中、
誰が見ても明らかに速かった!そして美しかった!

2本目はやはりプレッシャーがあったんでしょうね。
もし表彰台に立っていたら、日本にとっては50年ぶりの五輪のメダルでした。
日本スキー界待望のメダルでした。

50年分の期待を一身に背負って必死でしたが、2本目は明らかに体が堅かった。
1本目0.07秒とライヒに迫っていながら、終わってみれば結局1.04秒差の4位。
3位まで僅かに0.03秒差というのがとにかくショックでした。

前十字靭帯断裂という大怪我からの奇跡の復活でした。

前回ソルトレイク五輪閉幕直後、日本での試合で靭帯を断裂。
当時大学生だったんですけどねあたくし、
この凶報がうちのコーチのとこに舞い込んだ時、
あぁもう皆川さんは引退だなぁーって。
スキー業界全員が思ったはずです。

そこから這い上がってのトリノでの滑りです。
私は幼い頃から日本のアルペンを観てきた訳で、
中学生から自分もアルペン競技を始めた訳で、
初めて一緒に写真撮って貰ったスキー選手が皆川さんな訳で・・・。
なんか色々で、ぐちゃぐちゃで、とにかく号泣です。

ちなみに横にいた友人はどん引きしてました。w

余談ですが、スキー競技のメダル授与担当者は日本の猪谷千春さん。
現IOC(国際オリンピック委員会)の副会長でありながら、
50年前に同じくイタリアで開催されたコルチナダンペッツォ大会で、
日本アルペンスキー史上初めて銀メダルを受賞した日本スキー界の英雄です。
猪谷さんも是非日本人選手にメダルを掛けたかったことと思います。

残念を通り超えて無念、いやマジで。

先日上村愛子さんと結婚しましたんで、
夫婦でバンクーバーの表彰台に立って頂いて、
そしたらあたしゃもう会社休むくらい泣きますから、
今から従業員に代わりの店番頼んでおきますから宜しくお願いします。ww

えぇ、ダメ経営者です。

それから14番スタート、米国期待のボディー・ミラー。
彼もジョルジョ・ロッカと同じ最初の急斜面で転倒。

こけちゃいました。(引用:谷口アゲイン

イタリアではコーンフレークのCMに出ています。
会場にもファンが多く、沢山のイタリア人が転倒を悔しがっていました。

マンマ!

3位になったオーストリアのライネル・ショーンフェルダー。
滑りは物凄くシンプルでした。
無難にまとめたからこそのメダルでした。

皆川さんに譲ってやってくれよ~。

空気読めよ~。ww

それから43番スタートの湯浅直樹。
これまたやってくれました!
このシーズンのW杯で1本だけラップを取っていました。

2本の合計タイムを争う競技なので、
この時は成績こそ目立ちませんでしたが、
個人的には内心期待していました。
1本目はとにかく速かった。
観衆もあの選手は誰だ!?と大騒ぎ。

1本目終わって1.38秒差の17位だったかな!?
2本目は全選手の中で3番目のタイムを叩き出し、
ゴールした時点で2位に1秒以上のタイム差を付けて首位!
猛烈な大歓声が会場を包みました。

2本目は、1本目30位の選手が1番スタート。
1位の選手が30番目のスタートとなりまして、
その後登場した1本目好タイムの選手数人に抜かれはしたものの、
終わってみれば見事に7位入賞!

これは快挙です!
世界に名を売ったと思います。

当時まだ22歳で現在26歳!
次回バンクーバーはひょっとするとひょっとしますよ!

47番スタートの生田康宏。
残念ながら1本目で転倒。

転倒した場合は、完走を諦めるのが普通ですが、
彼はわざわざ転倒した旗門まで登り、
ヘロヘロになりながらも完走しました。

そんな生田の頑張りに会場からは割れんばかりの拍手喝采。
1本目最下位ながら、全員が2本目に進める五輪の最終走者になりました。

2本目も転倒しましたが、またまた登ってなんとか完走。
これがオリンピック精神だ!と会場の実況にもその直向さを称えられていて、
日本人選手がああいった拍手を受けてる様は非常に誇り高かったです。

    *以上、店長の記憶のみで書いているので、
    細かい秒数等は間違ってるかもしれません。ご了承下さい。

ふぅ~。

加筆して簡単にUPするはずがもう2時間経ってます。
書き終わって今もう10時です。

まだメールが・・・。

はい。
で、話を元に戻して総括しますと、
アルプスの景色を含めもちろん楽しめました。

ただやはりオーストリアの表彰台独占は本当に悔しかった!
そして、日本人の観戦者も意外に多くて、
なぜかイタリア人でも日本選手を応援してる人が多くて、
もう騒ぎすぎてあたしなんて声枯れちゃってセクシーボイスですよ。

歓声を受ける日本選手は神々しいまでに輝いていて、
同じ日本人として非常に誇り高く、それだけで込み上げるものがあって、
しかも史上初の2人同時入賞ですから、すげーよあんた達!と。

あとは、南国の選手達への応援。
W杯には一定レベルに達しないと出られませんから、
これは五輪特有でなかなかにして微笑ましかったです。

マケドニア、カザフスタン、マダガスカル、
モナコ、ジャマイカ、アルバニアとかから出場がありましたが、
あたしのがどう考えて速いわけですよ。

し、真剣に国籍の変更を考えてました。ヽ(A`*)ノ≡

あと忘れちゃいけないのが実況ね。
セストリエールはフランス国境に近いということもありまして、
実況はフランス語、イタリア語、英語のミックスでしたが、
日本人選手へは片言の日本語で応援したりもしていました。
以下笑える語録。

・(選手が滑ってる最中)ガンバッテ~ガンバッテ~ニッポ~ン!

・(皆川選手が滑ってる最中)ケンタロォ~!ガンバッタネェ~!

・(選手がゴールした直後)ハ~イ!マイドォ~!

・(選手がゴールした直後) イラッシャイマセェ~!トリィ~ノ!

ナメトンノカ、ワレ?

さて、店長がオリンピックを見に行ったのは実はトリノが2回目です。
前回は、長野で里谷多恵の女子五輪史上初の金メダルを見届け、
今回トリノでは史上初の2選手同時入賞をこの目で見届けました。
で、やはり毎回思うのは、

わしがオリンピックに出てぇ!!

という訳で12年後の五輪をカーリングで目指します。
参加希望者はコメント欄に挙手。
後楽園遊園地で僕と握手!

今日もあなたの清き一票を♪
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