長友佑都で見る夢

更新が滞っていることには大変憤りを感じておりまして、
1月分をどうフォローしようかと思っている間に、
大事件が起きましたのでとにかく書きました。

はてさて・・・・。

山梨県で初めてブレザーを制服とした私立の男子中学に入学し、
ぶっかぶかのブレザーに着られながら常にもみ上げをいじくっていた中1の春。
TVで観るJリーグの開幕戦はそれはそれは華々しくて、華々しくて。

当時は猫も杓子もボディコンも、
世の中がその華やかさに乗っかれるだけ乗っかるものですから、
目の前のサッカーが世界のサッカーの全てであるように映っていましたし、
てっきり日本のサッカーは世界と肩を並べたものだと誰しもが思っていました。

少なくとも、3年間全敗という弱小が過ぎる奇跡のサッカー部の10番だった私には、
当時の日本代表なんかは憧れを通り越えてもはやブッダでしたのに・・・。

アジア杯にすら苦戦する日本代表の様はさながら悪い夢でしたし、
十数年戦争に明け暮れて衰弱したオイリーな国に阻まれてW杯には行けず、
こちらが一方的に永遠のライバルと位置付ける隣国にはいつもたこ殴りにされ、
ようやく出られたW杯では地場産業がレゲエの国にも勝つことはできませんでした。

日本サッカーの象徴が挑んだセリエA初挑戦は1ゴールと鼻骨骨折に終わり、
その後、若年ながら割とイタリアで成功した山梨県民には国をあげて熱狂し、
でもクルクル回る司令塔が指揮する当時の世界王者には5-0で負けたこともありました。

盲目的に信じていた 強い日本 は偶像だったことが分かって、
いつしか日本が勝つことを大半の人が信じなくなってしまって、
とうとう日本のサッカーは2006年に泥だらけになってしまいました。

期待することがすっかり怖くなってしまった我々はそれから4年間、
日本の取り組みや変化には見て見ぬふりをしてやり過ごしながら、
サッカーを観る者としての自我は監督や協会を批判することで保ち、
遂には、信じてあげられないままに代表を本番に送り込んでしまったのです。

それが良かったのか、悪かったのか。

日本はW杯で結果を出し、アジア杯でも結果を出し、
その2大会で特に結果を残した1人の日本人が遂に先日、
今のところ世界最強を謡って良い唯一のチームに入団することになりました。

3人のオランダ人がイタリアのサッカーチームで世界に衝撃を与えていた80年代後半、
未だネットのない世の中で元気に鼻たれ小僧をやっていた我々には、
世界のサッカーがどんな様子なのか知る術なんて全くありませんでした。

それなのに、それでもなぜか、
イタリアには白黒と赤黒と青黒のストライプのユニフォームのチームがあって、
赤黒のチームと青黒のチームはミラノという都市のチームらしいだなんてことは、
山梨みたいな田舎のサッカー少年の間ですら当時から既に常識でした。
詰まり、恐らくはその当時から世界のサッカーはイタリアを中心に回っていたのです。

その、世界の中心で青と黒のユニフォームを着てサッカーをするチームで明日、
入団したばかりの件の日本人が試合に出るそうです。

幸か不幸か数年前からミラノに軟禁されている私は、
大至急チケットを手配しましたので、明日夜、スタジアムに行ってきます。

果たして、日本の蹴球は世界サッカーの中心に通用するのでしょうか?
今度こそ、日本のサッカーを信じることができるのでしょうか?
数時間後、私は歴史の証人となります。

これで長友出場しなかったら俺ピエロ。(大爆笑

追伸
ビデオもカメラも国旗も代表ユニもばっちりなんで、
長友が出てさえくれれば国際映像映る可能性あると思います。
皆さんで手分けして、今から全スポーツの録画予約に奔走して下さい。w

今日も1クリックお願いします。
人気ブログランキングへ

「長友佑都で見る夢」への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です