Giubilare Milano物語 -青年よ、大志を抱け編 – Vo.3

ハーア ビ バ ノンノン

そんなことで本日も本題。

続きです。

前回は、なぜ人は大義名分なくジュエリーを買わないのか、
なぜ若者はジュエリーショップに入ろうとしないのかという、
不景気極まりない昨今のジュエリー業界の存亡に関わる問題を提起したわけですが、
その答えは、ジュエリーは無駄に高いと世の中が感じているからだと私は思っています。

ジュエリー業界には明らかにファッション性が欠如しています。
製品自体にも、売り出し方にも、
そして困ったことにそれを扱う側の人間にも、ファッション性を感じることが困難です。

なぜでしょう?

まず第一に、製品の面積が小さいことがあげられます。
面積が小さすぎて、流行のデザインを取り入れるだけのスペースがありません。
あの小さな面積においては施せるデザインが限定されてしまいます。
必然的に、どうしてもシンプルで素材訴求なデザインが多くなってしまいます。

第二に、確かに実際素材が高い。
思い付いたことを即座に試せるほど素材が安くありません。

最後に、資産性が高過ぎるという理由。
ジュエリーは永久性を伴わなければジュエリーとして成り立ちません。
それ故換金率が高く、資産性があるというのがジュエリーの特徴です。

となると結局、販売する側は顧客に対して、
一生ものですから、とか、
親から子へ、子から孫へとか、
永久性と資産性ばっかりをフューチャーして宝飾品を売らざるをえませんから、
変化のない業界は、物も人もどんどん時代から取り残されていくことになります。

ジュエリーの展示会なんかを覗いてみますと、
未だにパンチパーマでダブルのスーツ着ているような人、結構見かけます。
そんな業界です。

そんな業界、そんな人から、
女性が、自分が美しくなるためのツールを買いたいと思うでしょうか?

もうこれはジュエリー業界の怠慢としか言いようがない。
時代時代の女性が本当に身に着けたいと思うようなものをプロデュースできなかった、
もしくはしてこなかったということに他なりません。

ジュエリーショップに若い人が入ってこない理由が高いというだけだったら、
メガブランドのショップにはあれほど若い人が溢れていることに説明が付かない。

若い人だって、ジュエリーを見る機会にさえ恵まれれば、
自分にも買える物、可愛いと思う物が絶対にあるにも関わらず、
若年層に見る機会を作ろうともしてこなかったわけですから、
嘗てないほどにジュエリー業界が世界中で不景気なのはやっぱりこの業界の怠慢です。

戦後の日本のように、世の中が豊かになろうとした時代には、
資産性の高く、見せびらかせるものを買えることがステータスであり、
どうせ買うなら子や孫に受け継がれる物を、という考え方もあったかもしれない。

しかしながら時代の変化と共に、その考え方も変化してきている以上、
ただでさえ取り残され感が尋常でない我が業界は、
今ここで劇的な変化を起こさなければ後がありません。
死ぬ行くを眺めるばかりでいいのか!

熱くなってしまいました。(*´ェ`*)

-続く-

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「Giubilare Milano物語 -青年よ、大志を抱け編 – Vo.3」への2件のフィードバック

  1. 柳澤さま

    これは、いろいろと、考えさせられますね。でも、熱いということは、大事なことではないでしょうか?

  2. >titi様

    全盛期の1/5とも1/6とも言われるほどに業界が縮小してしまいまして、
    ジュエリー地場産業の山梨県はその衰退ぶりが半端じゃないわけです。
    どうにかしたいです。

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