師より走った年末年始

結局1ヶ月も空いてしまいました。
明けすぎましてお詫び致します。
本年も何卒お引き立てのほど。

年末年始日本に帰国したわけですが、
約10ヶ月ぶりの日本でしたし、
3年ぶりに日本で迎えるお正月でしたし、
生後3ヶ月の子連れでの帰国でしたし、
各所で我が子をお披露目しなければなりませんでしたし、
私の実家が山梨で、妻の実家が鹿児島。
笹子トンネル崩落事故で中央道は通行止め、
息子は日本で予防注射あり、お食い初めあり、
お宮参り代わりの写真撮影あり、
私は日本でも多々仕事あり、飲み会あり、待ち人ありということで、
もはや時差ぼけを感じないほどのカオス。

今日が何日で何曜で何時なのか、
ここがどこで、これから誰と会って、どこに行くのか、
自分は何者で、何を使命とし、どう生き抜いていくのかがさっぱり不明。
四十にして不惑、間に合いますか?w

そんなことで本日も本題。

本日は年末年始事件簿でも。
Giubilare Milano物語、続編の要望を方々から頂いておりますが、
1月ミラノに戻ってから不眠不休で労働とゴルフに従事しておりますので、
本日くらいはライトに片付けさせて頂きたい。w
むしろ1月中にUPできてることが奇跡ということで。ww

1)地に落ちたミラノのクリスマス

弊社取り扱い品目の特性上、
またこの国の宗教上、
どうしたって繁忙期は12月。
という方程式が遂に崩壊してしまいました。

昨年12月の売り上げは、一昨年のそれの、なんと2/5。
弊社界隈の各ショップのうち、昨年一杯で廃業の店舗も少なくなく、
2013年はどうなってしまうんでしょうかイタリア、そして我が社。w

いずれにしても、そんな世の中で勝ち残っていかなければなりませんので、
今年は投資信託と競馬を始めます。(マテ

2)火事騒動

12月のある日、いつものように出勤したところ、
弊社の所在する通りが消防と警察によって封鎖されておりました。
野次馬が全員近隣店舗の人間ですからすぐさま何事かを問うたところ、
なんと弊社が入居する建物で大規模火災が発生しただそうで、
翌日の大手新聞の一面(WEB版)にはまさかの私登場with自転車。



火事発生から以降4日ほど現場検証で付近が封鎖され、
ただでさえ冴えない売り上げに拍車をかける形になってしまいました。

1人、お亡くなりになった方がおられるので、
売り上げ云々で騒いでいられる我々は幸せです。
亡くなった方のご冥福をお祈りいたします。

3)暫定的滞在許可証の罠

昨年最後のエントリーでも綴りました通り、
帰国直前に滞在許可証の問題が発生し、
息子だけ帰国できないという事態に陥った我が家。

しかしながら暫定的滞在許可証(Permesso di Soggiorno Provvisorio)により、
この緊急事態を回避できるとの情報から、
この書類を強奪したのが、帰国日も翌週に迫った12月19日のこと。

取得には多々困難が付き纏ったものの、
とにかくこれで安心して帰国、と思ったのも束の間。

経由地のスイス、チューリッヒのパスポートコントロールにて、
この書類の提示を求められて青ざめる妻と、
先にパスポートコントールを通過していて事態が飲み込めない私。

監: ミスター、あなた英語は?

私: 喋れます。何事ですか?

監: 奥様が、どうやら息子さんの滞在許可証を預け荷物に入れてしまったようです。

私: なんと!

監: 奥様はご自分の許可証をお持ちなので、息子さんのみ出国できません。

私: EU圏内入国に問題があるのは分かりますが、出国に際しても問題ですか?

監: 問題です。

私: ど、どうしたら・・・。

監: 通常であればイタリアに戻ってもらうことになります。

私: ・・・・・。

監: しかし今同僚と話しましたが、あなたがたは日本人ですし、息子さんもまだ幼い。

私: はい。

監: 今回は特別に恩赦しますので、EU圏内へ再入国の際は本当に気を付けて下さい。

・・・・・危な!

という訳で激凹みの妻。
その凹みぶりが余りにも気の毒で掛ける言葉もありませんでしたが、
無事に帰国できた上に、こうしてブログのネタにできているのでまぁ良し。w

4)機内で遭遇した彼女

アームレスリングの女子世界チャンピン、サラ・バックマン。
登場したスイス航空成田行きの乗客の90%が日本人だった中で、
TBSの炎の体育会TVに出演している彼女を認識したのが我々夫婦だけだったこともあり、
着陸後に快く写真撮影に応じてくれました。
これで息子は強くなるなぁ~。w

5)3ヶ月がギリ

そもそもなぜスイス航空なんかで帰国したのかといいますと、
アリタリアの直行便には既にバシネットの空きがなかったからなんです。
眠り魔人の息子は恐らく飛行機でも爆睡してくれることが予想されましたから、
だったら経由便で帰国したとしても我々の負担は軽いのではないかという目論見。

で、その目論見ズバリ。
12時間のうち半分はバシネットで寝てくれましたから、
我々夫婦は映画を見る余裕なんかもあって万々歳ですが、
息子が納まったバシネットの棺桶感。www

6)ミラノで待ち受けていたカオス

日本滞在を終えてミラノに戻って来た翌日、
弊社オリジナルバッグの全てのラインナップが工場から納品されました。






悪くはない。
随分神経質に物づくりに取り組んでくれたことも分かる。
でもやっぱり完璧じゃない・・・。

イタリアっていけず。

安堵半分、がっかり半分くらいの気持ちでしかし、
翌日からは早速セレクトショップに売り込みをかけ、
資料を作ってバイヤーや商社、ショウルームにばら撒き、
幾つか有難い話を頂戴することはできました。
現在も、さらに有難いお話を頂けるべく動き回っている最中です。

これから物を完璧にするためにまた工場と打ち合わせをして、
興味を示して頂いた各所にまたそれを持ち込み、
願わくばオーダーを頂くという展望。

先週には既に、日帰りで500km離れた工場まで日帰りで出張し、
社長を叱咤し、しかし激励し、熱く語り、深夜に帰宅し、翌日廃人。

一生こんなんなんだろうな。w

7)未来永劫

また詳しくスピンオフを書きますが、
永久滞在許可証を取得しました。
苦節9年、これを目標にやってきた訳ではありませんが、
やはり取得の瞬間には感慨深いものがありました。

地方の一零細企業に過ぎない我が社が、
この書類の取得権利を得られるほどの長きに渡って海外で勝負できたこと。
誇りに思いたいと思います。

ついでになぜか息子も永久だったのがちょっと気に食わないけど。www

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